千鶴の独り言

スペイン子連れ旅 その4

へレスへ向かういくみちゃんと朝食をとりバイバイしたあと、私とマノロは引き続きグラナダ潜伏。

今日は、この旅で絶対会いたかったマイカを訪ねる。

連絡先がわからなくなってしまっていたので、一か八か、家を訪ねてみようと思う。

在宅していたらラッキー。

 

この日も晴天!

散歩していると、暑くて上着がいらないほど。

そして土曜日だったせいか、散策する観光客もものすごく多い。

 

上で昼ごはんを食べよう、と、Aixaへ。

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私のスタジオの名前はここからパックったのでありますsmile

アルハンブラ宮殿のイスラム教最期の王さまのお妾さんの名前だそうです。

このバルが好きだったのと、響きががいかにもイスラム風で素敵だったので、もし自分がスタジオ

開くようになったら、この名前を使わせてもらおう、とひそかに企んでました、えへへbleah

 

 

 

ミガスをつつきながら私はアランブラビール、マノロはオレンジジュース。

のどかで穏やかな時間が過ぎてゆく・・・

ふと、何の気なしに通りに目をやると・・・

うそ!!マイカだ!!

目が合い、マイカが、まさか?!という顔をしている。

お互い抱き合って泣いてしもた・・・

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9年ぶりの再会!!

 

 

 

 

 

マイカには留学中ず~っとお世話になった。

フラメンコの先生であり、何かと心配してくれていつも助けてくれた。

ペーニャに行ったり、一緒に食事をしたり、マイカのライブのお手伝いをさせてもらったり・・・

マイカのお蔭で、どれだけグラナダ生活が彩に満ちたことか・・・

私の大恩人。

メアド無くすなんて、ほんとアホ。

だから、会えて本当に良かった~~~sweat02

お互い変わってない、相変わらずグワッパだと褒めあいsign01、これからマイカは約束があるので、夜にまた会おうと約束して別れる。

ああ、Aixaの前で会えるなんて夢みたい!!

良かった~confident

 

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私の住んでいたエルビラ通りのどん突きにあるエルビラ門。

グラナダはこういう古い城壁がいたるところにあって、街と溶け合っている。

 

 

 

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エルビラ門を右に行き、この坂を上がるとマイカの家とスタジオ。

 

 

 

 

 

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マイカのスタジオ。9年前に来た時にはリニューアルされていた。

前はクエバ1つのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

夕方、約束の時間にマイカの家へ。マイカはマノロのためにグラナダ銘菓ピオノノを買ってきてくれていた。

来し方を拙いスペイン語で話し、マイカのインドでスペイン語を教えていたという話を聞いて仰天したり!

マイカのお母様も昨年亡くなったそうで、共感しあったり。

訳のわからんマノロはピオノノをぺろりと平らげた後、おとなしくゲームをしている。

マイカの友人で、私も留学中習い、お世話になった髙橋英子さんもグラナダに来ている、という話になり、英子さんも途中から合流!

なかなかないシチュエーションの濃ゆい夜で、ず~っと話していたかったのだけど、マノロが9時ころダウン・・・

やむなく辞することにしたsweat02

マイカ、また近いうち、必ず、必ず来るからね!!!

 

外に出たら満月。

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外気を浴びて眠気がとれたマノロと、ゆっくり歩きながら、17年前のこと、9年前のこと、今までのいろんなことを反芻していた。

やっぱり、今回グラナダに来てよかった!!

 

 

 

 

その5へ続く・・・

 

 

 

スペイン子連れ旅 その3

この日は朝から快晴!!良かった~sun

まずは腹ごしらえ。

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朝からど~んと甘い物尽くし。

そりゃあマノロ、スペイン気にいるよね~

このあたりから、「僕はスペイン住みたいよ!」と言い出すようになる・・・

 

 

 

 

 

 

この日は、この旅のメインであるアナのレッスンと、そのあとのお食事会。

が、前日にアナが風邪気味ということで、レッスンは無しになりsweat02、お宅訪問のみとなった。

 

留学中、住んでいたピソのすぐ近くにあったエシャビラというライブハウスで、まだ女子大生だったアナの踊りを見に行った。

小柄な体から繰り出される強烈なオーラ、サパテアードthunder度肝を抜かれ、習いた~い!!と思ったけれど、スタジオが住んでいた場所から遠かったのと、

その時習っていたことでいっぱいいっぱいになっていたので、断念してしまった・・・

いくみちゃん、はっちゃんのお蔭で、こうしてご縁ができて、本当に嬉しいしありがたい!!

 

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アナ特製のプチェロ。骨付きの鶏肉、豚肉、ガルバンソ、ジャガイモなどがたっぷり入った煮込み料理。

モルシージャ(豚の血入りソーセージ)も入っていて、それを崩してお肉につけて食べるとまた絶品!!

 

 

 

 

トルティージャも鶏のフライもオリーブも、モルシージャ・イベリカ(モルシージャとチョリソの合体版、市場でしか売ってないそうだ)も、ケソも、全て美味しかったheart04

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ありがとう、アナ、アルフレッド!!

 

 

 

 

アナは、本当に素朴な良い人で、優しい気遣いの人で、グラナダっ子で、ああ、こういう普段着から、あの土の匂いのする、媚びない踊りが繰り出されるのだなと、しみじみ感じさせる人です。

アルフレッドは、終始冗談を飛ばし、場を和ませ、私はこの人に会うたびに、ああ、もっとスペイン語でブロマやチステ応酬ができたらな、と思うのですがsweat01

今回は、もう決意を固めました。

ちゃんとスペイン語勉強します!!

誓います!!(何度目だろ・・・)

 

夕方、お宅を辞して、はっちゃんはへレスへ、いくみちゃんは友人宅へ、私とマノロはカテドラルへと向かいました。

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そうそう、この全てを圧倒するスケール!!

 

 

 

 

 

 

王室礼拝堂の地下で、マノリートはドラキュラでも眺めるように怖がっていましたが、総じて彼は、ヘスス、マリア好き!

他の教会でも、銅像や彫刻を食い入るように眺めていました。

「日本の神様は、えびすさまとかってこと?」「そうそう、日本にはたくさん神様いるけどね、こっちはキリストだけが神様なんだよ」

とか、ちょびっとむつかしい話ししながら、グラナダの街をそぞろ歩き。

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カテドラル裏のアラブ的な店が立ち並ぶ路地。

アフリカ大陸が近いんだよな。

 

 

 

 

 

 

宿にいったん帰ってから、「バル行こう!!」とマノロを誘うも、お疲れモードで・・・

朝に市場で買ったオリーブやら、商店で買ったパンやらをつまんでるうちにマノロ寝始める・・・

つられて私も寝てしもた・・・

健全過ぎるスペインの夜が、今日も更けて行く・・・

 

その4に続く。

 

 

 

 

 

 

スペイン子連れ旅 その2

翌日はあいにくの小雨模様rain

やっぱり雨女継続中か・・・とがっかりするも、チョコラーテとチュロスの旨さにマノロも私も復活rock

 

今日はサクロモンテとアルバイシンを散策。

ここらへん一帯には、並々ならぬ思い出や思い入れがある。

17年前(もうそんな昔のことになってしまた・・・)、1年間のグラナダ留学の時に住んでたのがアルバイシン。

マリキージャのクラスの他に、ピソからほど近い、やはりアルバイシンのマイカのクラスと、サクロモンテ寄りのペーニャ・プラテリアで教えていた故プレッシーのクラスに通っていた。

どうしても山側の引力が強くて、後半は山のクラスばかり通い詰めていた。

だらだら続く迷路のような石畳。ここを何往復したんだろ。

練習用に借りていたスタジオもアルバイシンだった。

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マノロと歩くのがとても不思議な気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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サン・ニコラスから望むアルハンブラ宮殿。

その昔、用もないのに、よくここに来ては、ぼーっと景色を眺めていた。

 

 

 

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カルメン・デ・ラス・クエバスの中。

ここでは17年前、マリ・パスや髙橋英子さんのクルシージョを受け、9年前来た時にはビオレッタという若手の先生のクラスを受けた。

受付のお姉さんが私の顔を覚えていて、名簿を検索してくれちゃって、身元判明・・・sweat01

 

 

 

グラナダを歩いていると、いつも思うことだけど、ズーンと腹に来る独特の磁力があって、いつも引っ張られる。

悩ましげな倦怠感とうら寂しさと、この日は曇天だったからなおのこと空気が重い。

留学中はよく、グラナダにいるとダメになるから、はやくセビージャとかへレスとかに行った方がいいよ、と言われた。

すごくわかる。

がんばっても仕方がないという諦めきったところで、みんなまどろんでるような、大航海時代からあんまり時間が動いていないんじゃないか、でも祖先から受け継いだものがあるからいいじゃん、みたいなどうでもいいところがあって。

晴れたら晴れたで、カラッと、虚しいくらいに青くて、それが地の果てまで続いていて、乾いていて。

ロルカの詩がぴったりくる街だ。

離れられない魅力があって、1年居続けちゃったな。

 

夜は、サクロモンテの行ったことがなかったタブラオへ。

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マノロくんは、「男の踊り手が見たい!」と言っていたのですが、

男性舞踊手が出てきたときにちょうどトイレにたってしまい・・・

戻ってきたと思ったら、私の膝の上で終演まで爆睡sleepy

ほとんどショーをみていませんdespair

昼間がんばって歩いたもんね、やむなし!

 

 

 

またバル巡りできずに就寝・・・やむなし!

 

その3に続く。

 

 

 

 

 

スペイン子連れ旅 その1

昨夜、無事帰国いたしましたconfident

私にとっては約9年ぶり、息子にとっては初めての海外・・・

も少し子供が大きくなってから、、とスペイン行を遠く考えていましたが、はっちゃんの「航空券今安いよ!アナも会いたがってるし、マノロ(子供につけられたあだ名)

も連れて、一緒に行こうよ!!」の言葉に勇気をもらい、いざ出発upwardright

 

が、やっぱり遠かった、地の果てスペイン。。。

カタール航空でドーハまで12h、トランジット2h、ドーハからマドリーまで6.5h・・・

そして、マドリーから目指すグラナダまでは、バスで5h・・・

耐えられるのか、マノロ・・・

 

ドーハまでは元気だったマノロ。

元気の根源はおもちゃコーナー(私は魔界と呼んでますsweat01)。

国力を反映してか、充実ぶりがハンパなく、マノロは目をギラギラさせて見入ってましたsweat01

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豊かさの象徴?!なぞの巨大電球クマ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はしゃいでいたマノロも、ドーハからはさすがに完全寝落ちsleepy

マドリー着いても夢の中。

無理やり起こしたけれど、ご機嫌斜め。そりゃそうだ、大人だってきつい旅、ましてはだ。

おんぶされて涙を流しながら入国審査crying

しかし子連れに優しい国スペイン、難なく無事スルー、良くがんばったねマノロdiamondさあ着いたぜ、マドリーup

 

バラハス国際空港が進化していてたまげました。

空港内の移動が地下鉄だなんて!

そりゃ、9年も来てなきゃ変わるよな・・・

 

さあ、こっからバスで5Hだ、まずは腹ごしらえ。

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バスの中でも充電爆睡。21:30ころようやく到着!!

来たよ、グラナダ~~~~crying

 

バルに繰り出す気まんまんでしたが、疲労に勝てず、そのままホテルでバタンキューsleepy

 

翌朝5時に2人してパッチリ目を覚ます。

テレビをつけるとなんとドラえもんにクレヨンしんちゃん・・・

日本と変わりないやんけ!!

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その2に続く・・・

ジャズとフラメンコのコラボライブ

先日の、ジャズとのコラボライブにお越しいただきました皆様、ありがとうございました。

 

2回目となるライブ、出演のみなさまの熱演により、盛況のうちに終わりまして、感謝していますconfident

ありがとうございました。

 

私は、他ジャンルの踊りを知っているわけではなく、また、フラメンコにしても発展途上です。

が、踊りで音を表現するとなった時、ツールとしてはどうしてもフラメンコになってしまいます。

ジャズとのコラボ企画、ということで、楽曲はジャズ、踊り方はフラメンコ、で、一体どうなってしまうのか???

というのが一番の不安要素でした。

Take 5や、Too down hotといった、ジャズのスタンダードナンバーに、フラメンコ的な所作を絡めていけるのか???

そんなところから始まりました。

曲を聞いて、曲から受ける全体の印象をイメージして、音をなるべく細かく拾って、音に合う所作を繋いで、繋いで・・・

それは、苦しい作業でしたが、発見もたくさんあり、自分の足りないところも突きつけられ・・・

とっても勉強になりました。

 

こんな機会をいただき、Hisakoさんには本当に感謝しております。

踊りと絡めるのは大変だったかと思うのですが、嫌な顔一つせず、長時間お付き合いいただきましたミュージシャンのみなさま、

厚く御礼申し上げます。

 

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ギターデュオかりんとうさん、ボーカルHisakoさん、香織さん、Pacoさん、パーカッション小山田さん

 

もうじき春だし、しっかり始動してゆきます!

ありがとうございました。

先日、教室発表会が無事に終わりました。

お疲れ様でした、ありがとうございましたconfident

 

去年は、母の介護で一旦は教室を捨てた身でした。

そんな中、地道に練習を続け、私が戻ってくるまで教室を存続してくださり、なおかつ私を励まして元気を注入し続けてくれた生徒さん方・・・

感謝の念に堪えません。

そんな皆さんに、何の恩返しができるかな、と考えた時に、発表会をやろう、という意思が固まりました。

が、実際、練習時間も費用もばかになりません、みなさんには逆に負担を負わせてしまいました。

そして、練習も発表会も出たいのに、それが叶わない生徒さんたちもいました。

たくさんの思いを乗せて、例のごとく、私の突っ走った思いのみで見切り発車した発表会。

みなさんのがんばりにより、踊りの完成度が増して行く中、本当にこんな時期に発表会なんて企画して良かったのかなと、

後悔もしました。

若い時は、発表会なんて出て当たり前、やれて当たり前という感じでした。

だけど、無事に当日を迎え、しかもみんなが全力を出し切って、スカッと終わるなんてことの方が、実は奇跡に近いことなんだな、と、怖くて怖くて仕方ありませんでした。

なんですが。。。

 

やっぱりあの時が、今でしょ、の時なんだったと、今は思います。

 

ビデオ撮影で長年お世話になったスーザンパパ、ニコニコしながら、どこかでカメラを回してくれていた気がしてます。

私の一番のファンで、スペインに行く時も、教室開くときも、いつも後押ししてくれていたお母さん、観に来てくれていた、いや、一緒になって踊ってくれていた気がしてます。

ギターの鈴木淳弘さん、歌の大橋範子さん、大渕博光さん、ものすごいパワーを後ろから送っていただきまして、みんな持ちこたえられました、本当にありがとうございました!

お手伝い、完璧な仕切り、とてもスムーズに進行しました、強力バックアップ、ありがとうございました!

お忙しい中ご来場してくださったみなさま、みなさまの暖かい思いが私たちの支えです、ありがとうございました!

そして、並々ならぬ熱意と気迫で発表会に立ち向かっていった生徒さん達、本番が一番良かったです、本当によくがんばってくれました、お疲れ様でした!

 

きっと、フラメンコが人生を飲み込んでいってくれるから、肩の力を抜いて、思うように漂っていきたいな、と妄念してしまうのは、欲張りでしょうか・・・

いろんな事象が手繰り寄せられるように繋がっている、だから、やっぱり私は、繋ぐこと、紡ぐことががしたいんだと思います。

 

冬の清冽な寒さの中、新たに出発した西川丸、浮世荒波くぐりぬけ辿り着くのは・・・やっぱり常夏のワイハが良いなあ~confident→基本軟弱者・・・

 

 

 

 

 

夢のコラボ

気付かないふりをしていましたが、そうも言ってはいられない、早師走・・・ 

みなさん多忙を極める中、地獄のレッスンsign02に耐え、自主練に励み、本当に頭が下がる思いです。

みなさんの頑張りから、勇気をいただいてます、ありがとうございます。

このまま、年明けの発表会まで猛進していきたいと思いますconfident

 

発表会の会場が、子供の小学校の体育館で。

スペシャルゲストが、ダウンタウンflair

はまちゃんが、キレッキレのダンスを披露してくれて、まっちゃんが「おれあんなん、できひんわ~」と目玉をひんむきeye

2部の冒頭は、ドリフの長屋コントで、懐かしの長さんが「おい~っす!」と手をあげながら登場shine

すごいコラボ!!

フラメンコの入り込める余地はどこにあるんだろう??と疑問に思いながら、

それでも感動して、舞台袖から見てる私。

 

これ、昨夜見た夢です~

ある意味、自分、追い詰められてるんだな、と思いましたsweat01

 

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真冬に咲くさざんかのように、いつでも凛とありたいものです・・・

 

 

お月見のつどい

土曜日に行われました、小金井市主宰お月見のつどいにお越しいただいた皆様、ありがとうございましたfullmoon

出演のみなさま、お疲れ様でした!

 

平成19年の桜まつりから出演させていただき、お月見にもお声かけいただくようになり、今年は8年目、ありがたいことです。

そして、天候に左右されやすい屋外イベントであるにもかかわらず、雨女の私が、一度も降られたことがないという、奇跡的なイベント、みなさんの行いの良さのお蔭です~confident

 

今回も前日まで雨で、開催があやぶまれましたが、お月様も顔をだしてくれました。

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いろんな応援を受けて踊ります。。。

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こんな応援団も・・・(Kよこさん作・芸が細かい!!)

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枠の時間を超過してしまい、巻が入ってしまいましたがsweat01、なんとか無事に終えることができました。

ありがとうございましたconfident

 

今年の月も、良い月でしたfullmoon

 

 

必衰

先月、友人のお父様が亡くなった。

長らくうちの教室の発表会のビデオ撮影、編集、焼き増しまでやってくれていた、とても素敵なパパさんだ。

友人宅で飲む時は、パパさんとお話することも楽しみの一つだった。

品が良くて、話題も豊富で多岐にわたり、その穏やかな人柄を思うと胸が詰まる。

亡くなる10日ほど前、病室に訪ねていった時も、しっかりしてらして、病床にあっても相も変わらず品が良く、がんばってくれるかな、と思っていた矢先の訃報だった。

柔らかい雨の野辺送り。

どうして人は死ぬのかな。

うちの母もそちらに行ってます、会ったら、よろしくお伝えください。

パパさん作のビデオ、DVDは私の宝物です。

またあの世で一献傾けましょうね。

ありがとう、パパさん、ありがとう。

 

そして、先週末は、とうとうレオが逝ってしまった。

17年間ずっと側にいてくれた。

優しい丸い緑の目でじいっと見つめるレオ。

一緒に寝っ転がったり、足にすりすり甘えてきたり、細く可愛い鳴き声でエサを催促したり・・・

子供や母のことで、なかなか構ってあげられなかったから、、、ごめんねレオ。

慈恵院で、荼毘にふしました。

ハリーの横にお骨を置いてもらいました。

なんで逝っちゃうんだろうね、レオ。

レオは幸せだった?

お母ちゃんは、あなたに一杯愛と優しさをもらい続けていたのに、それを返しきる前に逝かれちゃった気分なんだよ。

無垢の愛は、動物族がもっている美しさ。

ありがとう、レオ、本当にありがとう。

ハリーが待ってたね。

虹のたもとで待ってってね。

それまで母ちゃんがんばるから。

 

万物は流転するし、生まれてくれば必ず死ぬ。

わかっちゃいるけど、悲しいもんは悲しい。

心に刻み込んで生きる。それだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母は。

母は、いわゆる勘の鋭い人だった。

私が何か問題にぶちあたって悩んでいたりすると、決まってタイミングよく電話をかけてきたり、ふいに会いに現れたり。

離れていても、愛されてるんだな、守られてるんだな、と思うことがよくあった。

「もう、私の介護で大変な思いしなくてもいいんだよ、私も闘い抜いたから休みたいよ。お父さんをよろしくね」

都合の良い解釈だけど、私にそんなメッセージを残して亡くなっていったような気がしてならない。

自分のことはいつも後回し、夫のため、子供のため、ばあちゃんのため、、、いつも人のために動き回っていた母だったから。

それを考えると余計にかなしいけどね。

 

そんな、人のために尽くしてきた母が病気になってしまったのは、母の命懸けの叫びだった気がする。

私もう尽くすの疲れたよ、尽くされたいよ、みんな私のこと構ってよ、って。

同居し始めたころは、お前に世話かけたくない、子供の世話になるの嫌だ、なんて言ってたけど、私にオムツ替えしてもらってる時の母は、なんだか幸せそうだった。

私がご飯食べさせてたら、「楽でいいなあ~」なんて言ってた。

食事後、リップクリームを塗ってあげると、すっきりと満足そうな顔をしていた。

私が何か作業をしていると、私のことをずーっと目で追っていた。

とっても澄んだ、きれいな目で。

その目は、赤子みたいと思ったこともあるし、ハリーの最期の日の目みたいだ、とも思っていた。

 

退院したばかりの頃は、痴呆のような症状がでていたけれど、家に戻ってしばらくしてからは、それもおさまっていた。

私が「お母さん、今日もきれいだね~」と言うと、

「うそよ、うそ!」と照れたり。

すっかり可愛いおばあちゃんだった。

だから、母の介護は子育てより全然楽だ、といつも思っていた。

子供は・・・いうこと聞かないし、暴れるし、すねるし、もう大変・・・

だけど・・・

私がこうして減らず口をたたけるのも、母が辛抱して子育てしてくれたおかげ。

いずれのことも、すべて輪になって繋がってゆく。

 

私が母につきっきりになっていると、当然子供がすねて感情的になる。

「僕とああちゃん(ばあちゃんのこと)と、どっちが好き?」

とよく聞かれた。

子供にも苦労かけたけど、「僕がああちゃんに食べさすよ!」

と言って、台の上に乗り、アイスやプリンを母に食べさせていた姿は泣けたよ。

幼いお前にそんな気を遣わせて済まん。。。

母は私を見て苦笑しながら、「ありがとね」と言ってたっけ。

 

父はどうしてもスパルタで、男ならではの強引さで、それでも一生懸命介護していた。

ご飯をたべさせてもらったあと、母は「拷問だよ・・・」

とこぼしていたり、「優しさがないんだよ・・・」

と愚痴っていたりしてた。

けど、やはり父のこともずーっと目で追っていた。

お父さんにたっぷり構ってもらって、愛情かけてもらいたかったんだよね!!

 

だから・・・

私の突っ走った思いのみで始まった親との同居、介護生活。

大変なこともたくさんあったけれど、いつもの雑多な、騒々しい住空間で、母を見送れたことは良かったことなのかな、と思えてくる。

きっとそうだよね?!

 

そして。

病人と頑固な父との同居を快諾してくれ、私のイライラをすべて受け止めてくれていた夫に、ありがとう。

 

そして。

みなさまの暖かい励ましがなければ、ここまで来られませんでした。

心より御礼申し上げます。

ありがとうございました。

不肖西川を、今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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