千鶴の独り言

どう生きる?その2

その後、母の容体は落ち着いたものの、嚥下が以前に増して困難になってきました。

経口で摂取してゆくと、肺炎のリスクが高くなる。

点滴のみにしてゆくと身体のむくみがひどくなる、また、食べるという人間としての喜びを奪われてしまう。

どちらを選んでゆけばいいのか。在宅医と家族で話し合いの場がもたれました。

まだ、母に意識があるので、母の気持ちを最優先にしてゆくことにしました。

「口からものを食べていきたい?点滴だけにしたい?もちろん、途中で変更できるよ」

母は、口から、の方にかすかにうなずきました。

食べられるものを、無理せず摂れるだけ摂らせてゆくことになりました。

 

なるべくのど越しの良い、フルーツをつぶしたもの、プリン、ゼリー、アイスなど。

病人は、冷たいものの方を好みます。

また、母がむせ始めたら、食べさせることをすぐに止めるようにしました。

それでも・・・

 

一週間経たない間に、またムセからの呼吸困難・・・

 

そしてまたレベルダウン・・・

 

家族としてのエゴが、母の体力を奪ってしまってはいないか。

食べて体力つけて回復してほしい、という思いが、かえって母を苦しめていないか。

 


どこかで線引きをしてゆかないと母も我々も疲れ果ててしまうだろう。。。

 

お母さんが欲しがった時だけにしたら?、と、看護師さんがアドバイスしてくれた。

そうだよね、そうだよね。

 

母は、昨日あたりからよく眠る。

電池が切れてしまったように良く眠る。

オムツ交換していても目を覚まさない。

今日は訪問入浴の日だったけれど、洗ってもらいながら寝落ちていた。

目を覚ました時にゼリーでも、と思ってあげるけれど、「もういい」と言う。

 

静かに静かにいろいろなことが引き潮みたいに逃げてゆく。

 

悩もうが苦しもうが、そんな思いとは無関係に、いろいろなことが去ってゆく。

 

父はここ3週間ほどで、いきなりガーデニングに目覚めた。

庭も部屋も、お花でいっぱい。

朝顔も、ゴーヤもそのツルをぐんぐん伸ばす。

 

もうじき七月。

 

 

 

どう生きる?

先日、昼食に美味しそうにソーメンを食べていた母が、途中むせ込み、タンが絡み呼吸困難となりました。

ガン末期は、体中の筋力が衰えてしまうので、自力でタンを切ることもできません。

タン吸引器があるのですが、看護師さんがやっているのを見ていても、自分でやったことはありません。

急ぎ在宅医に電話をして、看護師さんを呼びました。

来るまでの間、喉元に見えているタンをブラシで除いたり、背中や胸をさすって声を掛けていることしかできません。

母は苦しそうにゼコゼコと肩で息をし、手にはチアノーゼが出て来ました。

看護士さんが到着した時には、血中酸素濃度が60%(健常者は90~100%)まで落ち込み、危険な状態でした。

酸素吸入と点滴が開始されました。

看護士さんからは、あと数日の可能性もある、覚悟しておいてくださいと言われました。

また、良くなったとしても、今回のような生死にかかわる誤嚥の可能性が高いので、経口からの飲食が難しくなる。

その場合は点滴で補ってゆくしかない、と説明がありました。

この点滴ですが、様々に意見が分かれるところであります。

老衰も含め、人間は末期になると、枯れてゆこうとするので、飲み食いできなくなるのが自然であり、自然に逆らってまで体に水分を

送り続けることは、かえってタンの誘発、体中のむくみを引き起こし、本人を苦しませることになる、という考え方。

かたや、たとえ体がむくんで、本人の意識がもうろうとしている状態であっても、1日でも長く生きていてほしいから、点滴を続けていくという考え方。

どちらも正解なのでしょう。

母の場合、在宅医の先生方は延命の立場をとり、週2回来てくれている訪問看護士さんたちは、自然に楽に、という立場をとる方たちで、意見が割れていました。

が、決定権は本人及び家族にあります。

今回、緊急だったこともあり、当たり前のように点滴も開始されました。

が、結果、母の左右の手はパンパンに膨れ上がりました。

タンも相変わらず絡み、ゼコゼコした呼吸が続きました。

翌日、私は父と相談して、一旦点滴を止めました。

 

 

 

 

 

 

 

闘いと諦観と。

 

朝方は、爽やかな風薫る5月ですが、日中は真夏の暑さ・・・

日本の四季が崩れつつありますね・・・

美しい曖昧さが好きだったのに・・・

 

さて、母の容体も落ち着いていたので、5/12よりレッスンを間引いて再開しました。

みなさんが、お休みの間、熱意をもって自主練に取り組んでくださったことがよくわかり、とても感激しましたsweat02

すごいな、と心底感嘆しましたcrying

親は無くとも子は育つ?!、むしろ私がレッスンしている時より、すごい伸び率、これならまた休んでも大丈夫かなconfident

 

母ですが、食が細くなってきました。

刻み食から今はペースト食にしたのですが、タンがらみの咳を伴ったり、うまく飲みこめなかったりで、

小さなティースプーン一匙お腹に行きつくまでに、ものすごく苦労しています。

見ていて可哀そうになります。

私たちが当たり前にしている、呼吸をしたり、つばを飲み込んだりとかいうことが、当たり前のことではなかったのだ、ということに気付かされます。

母は、食べなければ元気にならない、と思い詰めているようで、ゲホゲホしながらがんばります。。

私は無理させず、食べられる分だけを運びます。。

食後の歯磨きの、ブクブク、ペッ、もできなくなってきました。

食べ残しが口の中にあると肺炎の原因になるそうなので、スポンジブラシで口内をお掃除した後、

歯磨きティッシュを人差し指に巻いて汚れをぬぐいます。

終わるとやはりさっぱりと気持ち良さそうです。

 

ガンがわかってから、ずっと闘ってきました。

病院での化学療法の他に、たまねぎ、きゃべつ、にんじん、かぼちゃを煮たスープを毎日600cc飲み続けたり、

ウコンの粉末を飲んだり、琵琶茶を飲んだり、黒にんにくを食べたり、、、いずれも1年以上続けたことです。

が、脊椎間への転移が見つかってからは、それらの努力が虚しく思えました。

もしかしたら、ガンの進行を緩やかにしてくれていたのかもしれませんが・・・

それでも、1月からの丸山ワクチン、ニンジンリンゴジュース、五井野プロシジャーhttp://cookpad.com/recipe/2924743

など続けています。 

あきらめた訳ではないのですが、母の様子をみてゆくに、現状維持がいい方で、静かに静かにいろいろなことが出来なくなってゆくのです。

それを見守ってゆくのは、気持ちの良いものではありません。

が、静かな諦観と覚悟が定まって来ます。

介護の時間が与えられたからこそ湧いてきた感情です。

 

母の一生を思います。

子供時代、娘時代、父と出会ったころ、私や弟を産み育てたころ、子が親もと離れてからの生活・・・

同居が20年以上ぶりであったので、ああ、この人こういうひとだったな、と改めて思うことも多く。

ケンカもたくさんしました。

が、娘に(もちろん父にも!)面倒をみてもらい、存外幸せに感じているのではないのかな~などと思ったりします。

手前味噌ですが。

 

お母さん、どうよ?!

 

 

 

 

 

 

 

育児と介護とちょびっとフラメンコ日記2

さわやかな五月晴れ、早朝よりパパと子供はニジマス釣りに。

かなりな釣果があったようです、食すのが楽しみ、楽しみshine

 

さて、在宅医療についてです。

24H、病院のようなケアができれば良いのでしょうが、家族だけで回すとなると、そうも言ってはいられません。

母のケースも、

医療部門→在宅医、看護師さん

患者の生活の質向上部門→訪問入浴の会社介護用品会社

介助する家族のリラックス部門→ヘルパーさん

総括→ケアマネージャーさん

と、たくさんの方々に絡んでいただいています。

母は、要介護4(現在5に上げる申請中)で、介護保険の適用がきいて1割負担になります。

例えば、母お気に入りの訪問入浴は、1回¥12000くらいのところ、保険適用で¥1200になります。

介護用品を借りたり、ヘルパーさんをお願いする時も、同様です。

 

今回は、訪問入浴について語りたく候・・・

 

一体どうやって部屋の中にお風呂を設置するというのだい?!、と、見るまでは想像もつきませんでしたが、

ボイラーを積んだバンが現れ、ベビーピンクの浴槽がベッド脇に運び込まれ、入水用と排水用のホースが手早く引かれ、浴槽にお湯が満たされてゆきます。

この日は、良い香りのコラーゲン入り入浴剤が投入!

その間看護師によるバイタルチェックが行われます。

2人がかりで大事に運ばれた母は、ストレッチャーのようなものに乗せられ、今度は3人がかりで優しく丁寧に洗ってもらいます。

とっても気持ちよさそうspa

そして、来る方みな明るくて楽しい方ばかりで、母の好きな演歌を熱唱してくれますnote

すごいホスピタリティー!

母がアラブの女王様みたいに見えてきます・・・

なもんで、毎回訪問入浴の際は、BGMで演歌のカラオケを流していますcoldsweats01

母が一番生き生きと楽しそうにしている時間です。

この会社の方は、だいたい1日に6~7軒回るそうです。

結構な肉体労働でしょうが、キレイにする、洗い流す、気持ちよくしてあげる、という浄化装置のようなものを持ってらっしゃって、

ご自身たちも浄化されているように見受けました。

ほんと、プロの仕事です。

感謝と共に感服です。

鮮やかな仕手集団のように、来た時と同様、手早く浴槽は取り払われ、何事もなかったかのように元の部屋へ。

あとにはツヤツヤと、満足げな母の顔shine

 

いろんな現場に、いろんなプロフェッショナルの方がいて、その真骨頂を見せてもらう時、ものすごく感動します。

私も、そんなプロになりたいと、強く思います。

スタジオに出向く時間がとれないと、驚くほど丹田意識がなくなってしまいますが、継続しまっせ、ヨガの呼吸!

めざせ、ヨガ行者!じゃなかった、フラメンコ職人up

 

 

 

 

 

 

 

育児と介護とちょびっとフラメンコ日記1

かくして、本格的な介護生活が始まりました。

息子が小学校入学、という時期とも重なり、どうなってしまうのかという不安もありましたが、スタートしてしまえば、走り出す毎日sweat01

悩んだり立ち止まっている暇なんざありません・・・

とにかく目の前のこと!!

一日一日が、無事に過ごせること!!

 

幸い息子は、学童、小学校ともにとっても楽しいらしく、「今日はサッカーゴールを決めたよ!!」「今日のぴんぴんマン(姿勢の良い子)になったよ!」

鼻穴を膨らませながら、嬉しそうに報告してくれるので、こちらまで嬉しくなります。

驚くほどたくましくなったね、君のおかげで毎日が明るい、ありがとうconfident

 

私の生活。5時起床、まず部屋の窓を全開にして、クンダーリニヨガの火の呼吸などを行います。

気の充電後、母のオムツ替え、水分補給、アロマ炊き、などを行います。

そして、母用の誤嚥予防のきざみとろみ食と、私の家族用の朝食準備。

母の食事は、父が魚焼きとみそ汁を担当してくれているので助かります。

6:30に子供を起こし、学校に行く準備をさせます。

かなり自発的に支度もできるようになってきたぞ、その調子!!忘れ物はないかな~?!

7:30に送り出し。

近所のお姉ちゃん、同学年のK君とじゃれ合いながら登校!!何度見てもいい景色note

子供の背中を見送った後、母の食事介助。

飲み込む力が弱くなっているので、時間もかかりますが、ここはこちらものんびり付き合います。

食後、歯磨き、体の清浄、着替え、体調によっては、関節が固まるのを防ぐ、簡単なストレッチをベッド上で行わせます。

それらが終わると10時近く。

11時まで休憩。。。

オムツ、体位変え、水分補給などさせ、昼食作り。

食事介助など終わるのが1:30ころ。

隙間で、洗濯、片付け、掃除・・・まで行きたいけどなかなか回らない・・・

怒涛です。

改めて、専業主婦の方々は、大変な労働力だと思います。

感謝されたり、表彰されたりすることもそれほどないでしょうに、ただただ、家族のために粉骨砕身、滅私奉公・・・

偉いなあ。私の場合、なんぼか外に出て働いている方がましですsweat01

母の愛は偉大です、はい、改めまして。

及ばずながらお返しです。

2時過ぎ、自分の昼食を済ませ、しばし昼寝。。

訪問看護士、訪問医がこの時間帯に来る日もあるので、毎回は寝られませんが、寸隙を狙いますwink

学童に行かせている子供がだいたい4時過ぎに下校してくるので、途中まで迎えに行きます。

片道30分の道のりを、がんばって通っている息子。

道すがら尺取虫を見つけたり、タンポポの綿毛を飛ばしたりしながら、牧歌的にそぞろ歩き。

これが、いい気分転換になっています。

IMG_1262.JPG

 

 

春たけなわ!!

百花繚乱の上水道は、本当に癒されます。

 

 

 

 

 

 

夕飯の支度までやり、食事介助は父にお願いして、私は寝かしつけの時間まで子供に集中させてもらってますconfident

小学生になったとはいえ、まだまだ甘えたい盛り、子供そっちのけで母の介助をしていると、やはりあかちゃん帰りが激しくなってしまい、

これでは子供にとって良くない!と思い、ばあちゃんはご病気だからお母さんはお手伝いしてあげてるんだよ、構ってあげられなくてごめんね、と言い聞かせながらも、

なるべく子供がいる時間は、子供のことを優先するようにしました。

甘える子供をおんぶしながら母のオムツを替える時もあります。

が、そんなことが重なってゆくうち、子供がお手伝いをしてくれるようになり、その優しさにまた癒されてsweat02

明日への活力になりますup

そして12時。最後のオムツ替えをして、ベッドを床替えモードにして(最新の介護用品には、素晴らしい機能がついています!)就寝。と言うか寝落ち。

こんなサイクルなので、なかなかフラメンコが入り込む隙間がございません・・・

やむなし・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとうございました、そして!

先日のエスぺランサにお越しいただきました皆様、ありがとうございました!

ライブのちょうど1週間前に母が退院して来まして、バタバタしている中、靴を履いて練習する時間などとてもとれず、

かなりの博打フラメンコでしたがsweat01共演の皆様、応援にきてくださった皆様のお蔭で無事に終えることができ、ホッとしております。

ありがとうございましたclub

が、踊り手たるもの、いついかなる時でも踊れる体は作っておかなければと、激しく自省いたしました。

やれることをがんばります。

 

さて、少しうざい話です。

私自身の備忘録として、また自己満足で書いてゆきますので、めんどくさい方は、どうぞスルーしてくださいませconfident

 

私の母は、一昨年の12月に子宮頸がんの手術をしました。

リンパまで転移していましたが、見える範囲のガンは取りきった、と主治医の先生から説明を受けました。

が、見えないレベルでの転移を予防するためにも、抗がん剤治療が必要だと言われました。

一般病院でのガン治療は、抗がん剤か、放射線に限られています。

その2つのうち、放射線よりは有効、という理由で、抗がん剤治療が開始されました。

母は約半年間、頭痛、吐き気、全身の倦怠感、脱毛といった副作用に悩まされながらも、前向きにがんばりました。

治療後の検査の結果、転移はどこにも認められず、母や家族は久しぶりにとても晴れやかな気持ちになりました。

母はガンを克服したに違いない!と。

その後も、再発しないようにと、食事療法など、できる限りのことをして健康維持に気を配っていました。

が、昨年の5月、ろれつが回らないなどの症状が出たため、検査してもらったところ、脳に腫瘍ができていることがわかりました。

1週間経たない間に左半身に麻痺が来て、即刻手術となりました。

病理検査の結果、子宮頸がんと同じガン細胞で、リンパを通って脳まで達したとのこと。

大きな腫瘍は取り除いたが、浸潤しているのと、リンパへの転移もあることなどをふまえると、余命1年ほどであろう、と宣告されました。

あんなに苦しんでがんばってきたのに、抗がん剤治療で抑えられなかったのか。

大好きなゴルフに通えるまで復活したのに。

見た目にはむしろ健康そのものだったのに。

無力感は半端ありませんでした。

母には余命のことは知らせませんでした。

元々子供が小学校入学の際に同居を考えていたのですが、余命宣告を受け、時期を早めて同居することにしました。

術後の母は、持ち前の生命力の強さで、医者に奇跡的!と言われるほどの回復ぶりを見せました。

放射線治療も大きな副作用も出ず、動かなかった手足が動くようになり、歩けもするし、言葉も戻りました。

母の努力、強さには、こちらが励まされる思いでした。

余命宣告なんて、気にせず過ごしてゆけばいいんだ。

が、同居生活も落ち着いてきた12月、母が腰の痛みを訴え、歩きにくそうにしていたため、検査をしたところ、今度は脊椎間への転移がみつかりました。

やはり同じガン細胞で、今度は脳から脊椎へ降りてきたのです。

そして、その脊椎間にできたのガンのために、髄液がまわらなくなり、脳が水頭症を起こしていると。

それにより、痴呆に似た症状、麻痺の悪化、突然の呼吸困難などが起こり得るとのことでした。

ガンの猛威にゾッとしました。

また、ずっとがんばって闘病してきた母のこれからが、あまりに過酷で、ツラくなりました。

それでも、まだ私は娘、という立場だから冷静でいられたのかもしれません。

長いこと連れ添ったパートナーの芳しくない病状を聞いた父は、父の方が先に参ってしまうのではないか、という落胆ぶりでした。

父は元気だった母のイメージから抜け切れず、病状が進んでいることを受け止めることができず、病院に対して、医者に対して、私たちに対して、

頑なに心を閉ざしてしまい、お母さんは必ず元気になるんだから、俺が毎日公園に連れていってトレーニングさせるから大丈夫だ!!と

母を無理やり外に連れ出そうとしました。そうでもしていなければやりきれなかったのでしょう。

母への接し方について、いつも父とは衝突ばかりしていました。

治ると信じて無理やりにでも歩かせようとする父・・・

これから悪化してゆくことを見据えて、看護体制を整えようとする娘・・

母の痴呆が進行してくれていて、むしろ良かったです。

何もかもはっきりわかっていたら、本人が一番苦しかったでしょうから。。

そんな中、母は痙攣を起こし、救急搬送されました。

母が、いろんな意味で、現状へギブアップした兆しなのだと思いました。

 

母の痙攣は、幸い薬で収まりましたが、倒れる前より、手足の麻痺、せん妄、嚥下困難が悪化しました。

これまで自力で出来ていたことが、ほとんど出来なくなってしまいました。

母が入院の間、病院のガン相談窓口のSさん、主治医、看護師さんたち含め、話合いの場がもたれました。

一般病院は、病を治すところ、つまり医療行為を行うところであり、それができない患者は、緩和治療専門の病院(いわゆるホスピス)か、在宅医療のどちらかを選択しなければなりません。

母は、病院で行うどの治療も効果なし、とみなされた患者であったため、そして病院に居たくないという母の希望も受け、1月から在宅医による訪問看護を開始していました。

話合いの場では、家族に、在宅で最期まで看取る意志があるのか、ないのか、ないのであれば、緩和治療の病院を探さなければならない、と詰め寄られました。

また、もし在宅で看取るならば、母が苦しむ姿も見なければならない、それも覚悟がいることだ、と。

私は、元々母を家で看取るつもりで同居を決め、私の家族にも理解してもらっていたのですが、父はやはりそこまで詰めて考えたくないようで、保留にしてくれ、と言いました。

受け入れがたい気持ちは理解できるものの、現に進行している病状に対して、対処してゆかねばならぬのです。

じいさん、しっかりしてくれ、腹立たしくも思いました。一方で、父の深い悲しみにふれたようで、痛みを覚えました。

とりあえず、本人の意思が第一でもあるし、家に連れて帰ろう、ということに決まりました。

退院前、私は看護師さんについて、一日の流れを見させてもらい、着替えやおむつの取り替え方、歯磨きのさせ方など研修させてもらいました。

そうして、桜まつりも終わった4/10、母が家に戻ってきましたconfident

 

続く・・・

 

IMG_1261.JPG

 

 

 

近所の上水道は野趣であり雅です・・・

まるで深山の趣・・・

本当に東京か?!

 

 

 

 

 

 

今年の桜は今年の桜

先日の小金井市主催桜まつりにお越しいただきましたみなさま、ありがとうございましたclub

なんとか天気ももち(雨女の私、なぜか屋外イベントだけは降られず現在に至っております!!)、無事に終えることができました。

このイベントのち、レッスンをしばしお休みせねばならぬこともあり、逆に生徒さんの気迫を感じ、胸が熱くなりました。

また、応援に駆け付けてくださった皆様の心意気が嬉しく、感謝の念にたえません。

今年の桜は、また格別良い桜でした。

IMG_1241.JPG

 

 

 

寒い中、たくさんの方に参加いただきました!

 

 

 

 

 

IMG_1235.JPG

 

 

 

 

 

舞台組も芝生組もそれぞれを楽しみました!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IMG_0707.JPG

 

 

曇天の空をおおいつくさんばかりの、みっしりとした妖艶な桜。

重厚です。

 

 

 

 

今年も美しい桜のもと、集え、踊れて本当に良かった!

一期一会とはこのことか、一瞬、一瞬を心を込めて生きたいものだ、と思いながら花吹雪に巻かれたり。

すべての事象に感謝いたします。

ありがとうございましたconfident

お知らせとお願いです。

日頃熱心にクラスを受講してくださっている皆様、そして、ライブなどでもお世話になっていますフラメンコ関係の皆様へ

 

私事で恐縮なのですが、4/5(日)~5/6(水)まで、約一か月、クラスレッスンをお休みとさせていただきます。

母の在宅での闘病生活も長くなり、看護の中心になっていた父が随分参ってきてしまいました。

また、子供もいよいよ小学生とはいえ、まだまだ手がかかります。

仕事と家庭の両立をはかりながら過ごしてまいりましたが、いつも何かしら家のことに時間と意識をとられている状態が続いてきました。

ここにきて、気力、体力の限界を感じ、また、今は、家人たちのために尽くすべき時ではないか、という思いが強くなりました。

そして、このような状態でレッスンに臨むのは、私の本意ではなく、みなさんにもご迷惑をおかけすると思いました。

ここで思い切ってお休みをいただき、家のことを整え、また自分のペースも建て直して行ければ、と思います。

母の病状によっては、先の事はわかりませんが、とりあえず一カ月、お休みさせてください。

その間といたしましては、クラスがある曜日、時間には、なるべくメンバーで自主練を重ねていっていただければ幸いです。

必要であれば、ギターさん、カンテさんをよぶことも可能です。

お休みしていて、指示出しするのもなんですが、是非、みなさんのモチベーションが高いままいてくれたら、と思います。

 

ライブなどの活動も、しばらく見合わせる予定です。

なお、前にお引き受けしております、4/4の桜まつりイベント、4/17のエスぺランサライブは、しっかりやらせていただきますので、

よろしくお願いいたします。

 

みなさまにはご迷惑おかけして、本当に申し訳ありません。

ご理解いただければと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

西川千鶴

 

 

 

 

無事終了!

先日の、三鷹市交響楽団親子コンサートへの出演、無事終了いたしました!

フルオーケストラをバックに踊るという機会は、後にも先にもないのではないでしょうか?!得難い、貴重な体験をさせていただきましたshine

世界をめぐる音楽の旅、というテーマで、イギリスはバグパイプ奏者の五社さん、中国はニ胡奏者の佐藤さんもご出演。

その土地の楽器から、その土地の匂いが伝わってくるような感覚、これもまた素晴らしかったです。

スペインはファリャの「はかなき人生」です。

この数か月、ルセロ・テナのユーチューブ映像を食いつくように見まくり、勉強しました。

音のうねり、話しかけに応ずるような動き、パリージョの響きに圧倒され、見惚れ、わしには無理じゃあ~~

と根をあげそうになりましたが、やるだけやってみなければプロじゃあございません。。。

オーケストラの方々の分厚い演奏を邪魔してはなるまい、との思いで、とにかく必死こいてやりました。

当日は、後ろから、追い風を感じるように気持ちよく踊らせていただき、オケの皆様にはひたすら感謝、感謝です。

image1.JPG

 

 

 

 

 

 

そして、三鷹オケの方々の、熱さ、オケへの愛、サービス精神に、本当に感服いたしました。

伝統は守りつつ、進化し続けるオケ、58年続いてきた理由がよくわかります!!

 

image3.JPG

 

 

オケレンジャーの皆様、自らも演奏しながら企画構成を手掛ける西川さん、

二胡奏者佐藤さん、福谷さんと。

 

 

 

 

IMG_0573.JPG

 

 

 

営業活動にも余念のない再びオケレンジャーと

バグパイプ奏者の五社さん。

 

 

 

 

 

 

 

写真ご一緒できなかったのですが、司会と歌の岡崎先生、たいら先生も素晴らしく、子供たち大喜び、大はしゃぎのコンサート、

交響楽団の殻をいい意味でぶち破る、そんなコンサートでした。

私も、フラメンコ道、こつこつ邁進してゆきたい!!と、また新たな刺激をいただいた夕べでしたnote

ありがとうございました~~~!!!

 

逃げた1月、走る2月

新年あけて、初めてのブログ更新です・・・

スローペースな私ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたしますconfident

1月は、懐かしい顔が相次いでやってきてくれました!

 

まずは、シンガポールよりM・ケイコ!!

しかも、可愛い赤ちゃん連れnote

M・ケイコが赤ちゃん産んで抱っこしている姿がどうにも想像できなかったのですが、

なかなか堂々としたお母さんぷり~shine

Eくんも、いつになくお兄さんぶりを発揮し、小金井でやった横浜会、盛り上がりましたclub

IMG_1142.JPG

 

 

 

 

 

 

 

お次は、ニューヨークより、新婚の若妻、Mちゃんheart04

はじける若さと色気、けど、中学生の時から印象が変わりません~!!

いつも、国民の妹ならぬ、わが教室の妹なのですねshine

それが嫁に行くなんて!!

こちらが年をとる訳です・・・sweat01

IMG_1160.JPG

 

 

 

 

 

 

 

時を超えて、国を超えて、またこうしてみんなが集まれることが嬉しいです。

みなさま、ありがとうございましたconfident

 

2月もずいぶん食い込んできてしまいましたが、慌てず騒がず、日々、穏やかに、健やかに暮らせますよう

自分にも言い聞かせつつ・・・

春はもうすぐ!cherryblossom

 

 

 

 

 

« PREV 2  3  4  5  6  7  8  9  10  11  12
ページ上部へ