父のこと その1

昨夏いつも通り車を運転してゴルフに行っていた父の携帯から、知らない女性の声で電話がかかってきた。「あなたのお父さんが、降りるインターがわからなくなってしまって道に迷ってます、教えてあげてください!」驚いたがまずは父に代わってもらい、道を説明した。すごく長い時間をかけ、ゲッソリした面持ちで父は戻ってきた。認知症を疑い始めたきっかけだ。

思えば、母の闘病中より酒量が増し、亡くなってからは毎日酒浸り。寂しさからくるものだと理解はしていたが、あまりの酒量に時には体調を崩して寝込むほどだったため、何度も酒を隠したり取り上げたりした。が、「飲むことしか楽しみがないのに取り上げるな!」と激昂し、自分で買いに出てしまう。完全にアルコール依存だった。本人に止める意思がないので、周りがいくら諭しても聞く耳もたない。また、大の医者嫌いで、肝臓壊れてるよ、と脅そうが長生きしてもらいたいから病院行こうよ、と懇願しようが頑として行かない。アルコール依存を扱う病院の電話窓口で相談したところ、「ご本人がお酒止める意思がなければ、また、体をメンテナンスするという意思がなければ、病院抜け出しますし、お酒を買いに出てしまいます。ご本人がお酒を死ぬまで飲みたいということを選ぶならば、それも生き方ですから、飲ませてあげるのも一つの方法です。異変があったらすぐ救急車、と心しておいて、あとは見守るのが良いかもしれません」とアドバイスされた。

なるほど、と妙に腑に落ちた。そうだよな、何よりも酒が飲みたいならば酒と心中するまでだよな、、、それも生き様だ。いざとなったら救急車で運んでしまえば、病院嫌いも諦めつくだろう。

若かりし頃の父。ちょっとしたイタリア人⁉️のような彫りの深さで、随分おモテになったそうで。

夏の夕暮れ

本日も暑い中レッスンお疲れ様でした💦

帰宅し、犬の散歩やら夕飯の支度やらを片付け、投票に行ってきました。

夏の夕暮れは鈍色の空にポッカリお月さんが浮かんで、風も涼やか、ひぐらしの声が情緒を誘います。って、どんだけ田舎だろ、うち方面、一応都内なんだけどね。

毎朝毎夕の散歩道

途中の公園では、小さな子供とお母さんたちが遊んでいて、なぜだかふっと涙ぐみました。この国は戦争をしていた時期もあるし、災害に見舞われた時期もあるし、疫病や飢饉に見舞われた時もあるけれど、ここまで存続してきて、今こうして私も生かされている。命を賭して先人たちが築いてきたものの上に、私はどっかりと胡座をかいている。この平穏の日常は、稀にみる奇跡的なものであるにもかかわらず。

私の役割。。。そんなことを考えながら、一票を投じてきました。

さぁ、日本国民はどう動き、どんな感情を票に込めたのだろう⁉️

母の命日

今日は7回目の母の命日。

闘病の2年間はもがくように過ぎた。が、母の介護の間、その愛の深さをものすごく感じることができて、この愛の深さに私は到底及ぶまい、とよく思ったものだ。

もっともっと生きたかったよな、生きて楽しいことまだまだしたかっただろうな、と切なく思う。死に向かう姿は諦めと寂しさが滲み出ていて、病に倒れるまでは人一倍明るくて元気だっただけに、胸が塞がった。

だから、元気だったころの母の思い出を。

母は若い時分より箏曲にのめっていて、山田流の免許皆伝、永島園亜都という芸名をもっていた。三味線なんかもできて、たまに謡もした。私は特に箏曲の音色が好きだった。

こんな写真が出てきたので、載っけてしまう!

私は物心つく前から、日舞をやらされたり、ピアノをやらされたりと、芸事が好きだった母は、私を仕込みまくってた。が、どれもあんまり好きではなくて、唯一箏曲だけは好きだったんだけど、、、

身内を教えるのって、多分難しい。母は、私がちょっとできないと、結構な勢いで叱咤してくるので、それが嫌で箏曲からも離れてしまった。

残念、、、!

和のもの続けていれば、また違った人生だったろうなぁ。なんでスペインのフラメンコに惹かれたかなぁ😫

そんな経緯があるもので、私がフラメンコで身を立てるに至った時は、それはそれは大喜びした。言わば私のファンクラブ1号で、最大のサポーターだった。

母が病気になってしまった時、私は母の愛の庇護を限りなく受けていたのだな、と気付かされた。まったくもって全然及ばない。なんのお返しもできないまま逝っちまった。

踊り手の阿部碧里ちゃんからいただいた芍薬。華やかな色が大好きだった母。喜んでる。

義母からいただいたトルコ桔梗。紫もまた母の大好きな色。

母はなぜか私の作るパエージャが大好きだった。今日はなんちゃってパエージャしか作れなかったけれど🙏

お心配りありがとうございました。母も喜んでます。

小さい頃は思いもしなかった、芸事で身を立てるということ、そこに身を置いたならば、命ある限りは、一歩一歩、前進してゆかねば嘘になるよね。母の分までがんばらねばよ。

そんなことをつらつら思った母の命日。