エスペランサライブ無事終了しました。

本当は6月にあるはずだった高円寺エスペランサのライブ、このコロナ禍で昨日に延期されました。

ライブにお誘いしにくい空気感がある中、お越しいただいたみなさま、本当にありがとうございました。

エスペランサは感染症対策もバッチリ、お客様の距離も遠く、また、舞台上も密にならないよう、配慮していただきました。

今回は特別企画でしたので、歌は川島桂子さんと有田圭輔さん、ギターも長谷川暖さん、尾藤大介さんの2本、パルマで三枝雄輔さん、という、超超豪華な演奏陣‼️

ぜひともがんばりたい!ところではありましたが、コロナ状況により、ライブがあるのか、ないのか、はっきりしないところで、メンタルも揺れました。

が、共演の泉さん、美津奈さんたちとも連絡を取り合いながら、粛々とやるべきことをやり、目の前のことをこなすことが、何よりの前進、と心得、日々を過ごしてきました。

昨夜は、厚い演奏に厚いパルマでガッツリ盛り上げていただき、とっても気持ち良く踊らせていただきました。

欲をかいて、自分のやりたいことを通そうとすると、結果よろしくない、というのも、改めて思い知りましたし!

やっぱり、ひたすらフラメンコに、音に、音の進む方に、空気の流れる方に、導かれるように自然に踊ることが肝心と思いました。

が、夢のように贅沢な一夜でした。

お客様、エスペランサのマスター・ママ、共演のみなさま、アーティストみなさま、本当にどうもありがとうございました。

やはり、踊り手にとって、こうしたライブができる場がある、ということが、活力の源になります。

次回9/3、バリーカでのライブもがんばります!

よろしくお願いいたします。

ライブ終了後、緩み切った私

どこにでもいる

お盆も過ぎた。
猛暑の中墓参りに行ったが、いつも思うことは、果たして魂魄はここにあるのか?ということだ。

意識とか思考といった活動がどういう仕組みでなされるのか。多くの神経生物学者の仮説は、意識を生じさせる因子は分子レベルではなく、ひとつの細胞もしくは複数の細胞における神経伝達物質の放出や活動電位の発生といった神経レベルで存在している、とされているそうだ。

もしそうならば、器としての肉体が滅んでも、電子レベルでは、思い、というものは存在し続けるんじゃないか。

リュック・ベッソンのルーシーを見たときにも、脳の活動をそう思った。
私の〜お墓の前で〜泣かないでください〜という歌にもそんな行が出てくるし。

目に見えない、意志を持つ粒子になって、海を越え、山を越え、時空を越え、それこそ宇宙の彼方まで、自由自在に飛んで行けるんだろうな、と。

残された者たちは、目に見えない魂の目印として、永らく存在しやすい石を魂の眠る場所、としたのだろう。
そうじゃないと、どこに向かって手を合わせてよいかわからないものね。。。

だから、亡くなった魂たちは、きっと、どこにでも存在するのだと思う。

私たちが彼らを思い出す度、すぐ側に。

立ったり歩いたり、食べたり寝たり、泣いたり笑ったり怒ったり、、、
この現し身を持つ者としては、これを使いきって、一生懸命に生きてゆくしかない。
なので、一生懸命生身で踊ります。
ご来店、お待ちしております。

8/21(金)高円寺 カサ・デ・エスペランサ
開場18:30〜
開演1部19:30〜 2部20:45〜
歌:川島桂子、有田圭輔
ギター:尾藤大介、長谷川暖
パルマ:三枝雄輔
踊り:高野泉、中西美津奈、西川千鶴
2ドリンクチャージ税込¥5000

よろしくお願い致します。

ハム金

毎日暑い日が続いています。

暑さにもコロナにも負けず、日々熱心にレッスンにご参加いただき、私もみなさんからたくさんのパワーをいただいています!

スタジオは、8/10〜15までお盆休みとさせていただきます。よろしくお願いいたします。

あまりに悲しい出来事で、心の整理がつかず、言葉にできませんでしたが、初七日を過ぎ、少し気持ちが落ち着いてきたので、ハム金のことを書こうと思います。

息子が、お友達の家でハムスターの子供が生まれて、引き取り手を探しているんだけど、と話をもってきたのは、昨年末のこと。

うちは猫がいるから、無理だよ。と言うと、僕の部屋でネコ入れないように飼えば大丈夫だよ、しっかり面倒見るから‼️と。

かつて犬猫は飼ってきたけれど、私自身ハムスターは始めて。

大丈夫かな、と不安もあったけれど、息子の熱意に負けて飼うことにした。

ハムスターは小さいし、温暖な場所に生息するらしく、寒さに弱い。

また、砂浴びや、砂の上におトイレをするなどの習性もある。

お友達のお父さんからいろいろ説明を受けて、小さくて繊細な動物だから、しっかり面倒見なきゃね、と息子と話し合う。

やって来た君は、ハム金、と名付けられ、本当に可愛かった‼️

つぶらな瞳、小さなまん丸の尻尾、ひまわりの種を手で受け取り上手に中身だけ食べ、回し車を夜中漕ぎまくって大運動会、両手で洗顔したり、砂を換えると喜んでまろび、、、床材のおが屑を口に加えて好みの場所に運んだり、、、

見ていて飽きない‼️

家族中、メロメロになった。

最初の頃はよく噛まれたけれど、3か月ほどするとものすごく懐いてきた。

一番嬉しかったのは、脱走したハム金が、夜中に私と息子の眠るベッドまで上がってきて、髪をハシャハシャ触って起こしたこと。。。

いつも寝る前に、ゲージの中からこちらを見ていたので、一緒に寝たかったのかな、、、

犬、猫とはまた違った可愛らしさで、毎日とっても癒されていた。

夏休みに入って、気の緩みがでた。

私は、休みの日だったが、練習がしたくて、家を出た。

パパが居る日で、息子とお昼食べに行ってもらうことにしたので、時間を気にせず出られるな、、などと呑気に考えながら、、、

ハム金がお昼行っている間にクウにやられた、、と連絡が来て、頭が真っ白になった。

半狂乱になりながら、なんとか帰り着いた。なんで?なんで?なんでハム金が死なねばならなかったの?

なんでクウが入り込んでしまったの?

なんで確認しなかったの?

なんで出がけに一声掛けなかったのか。

なんで昼食用意していかなかったのか。

なんで練習なんて行っちゃったのか。

猫がいるんだから、なんでゲージをもっと丈夫なのにしなかったのか。

なんで、なんで、なんで???

変わり果てたハム金の姿に、嗚咽が止まらない。

ホゾを噛むような思い。悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。

ハム金は死んでしまった。もう二度とあの子に会えない。

時間が巻き戻せるなら巻き戻したい。

かわいそうに、怖かったろう、痛かったろう、、、

まだうちに来て7ヶ月、3年は生きてもらおうね、って言ってたのに、あんなに懐いていたのに、家族だったのに、、、

ごめんね、ごめんね、ごめんね、、、

耐え難い現実が受け止められない。

歴代の子らが眠る慈恵院にお葬式を上げにいった。

お骨が小さくて、華奢で、余計に悲しかった。

ハム金は、うちに居た時間が短かかったから、お骨を家に持って帰ることにした。

あんまり私が泣くものだから、息子に母ちゃん泣き過ぎ、ハム金が喜ばない、と怒られた。

息子もツラいのに、そうだよね、そうだよね。

ハム金の亡骸から、ハム金が浮かび上がるのも見た、ハム金の雲も見た、ハム金がひまわりの種を割る音も聞いた。いろいろなサインを送ってきてくれてた、、、

昨日、ハム金の実家に、ハム金の遺したエサ、砂、木の枝などをもらってもらった。

木の枝、喜んで噛んでますよ、と連絡がきた。

ハム金、ママのところに貰ってもらったからね、と報告した。

少しずつ、私の気持ちも落ち着いてきた。

動物は、生きることに健気で純粋で、人間よりかよっぽど美しいな、と思う。

それだけに余計に、人間の不注意でまだまだ生きられた命を散らしてしまったことは、悔しくてならない。

私はこれを一生忘れることができない。

だけどね、やっとね、亡くなった時の姿ではなく、一緒に時間を過ごしてきた思い出の方が鮮明になってきたよ。

ハム金、うちに来てくれてありがとう。

愛に満ちた時間を、ありがとう。

また会う日まで、私も精一杯生きるから。