ばぁちゃん

大正八年の生まれ、実家は豪農で、下働きの人が10人はいたそうだ。
気はいいんだけど、どこか頑なにワガママなところがあって、やっぱりお嬢様育ちだからか、と母はよくボヤいてた。
そんな田舎のお嬢さんが、どしても東京に出たくて、東京の人とじゃなきゃ見合いしないと決めて、巡り合ったのがじぃちゃん。
明治生まれのじいちゃんは、庭球なんかやってしまうモボで、身長もその当時には高い方で、なかなかのイケメンだったそうだ。じいちゃんはじいちゃんで、ばあちゃんの実家の、東京に家を建ててやる、という釣り文句に惹かれて見合いした、と言ってたそうだ。
2人の利害関係は見事一致し、結婚に至る…
朝ドラさながら、戦中、戦後の苦しい時期を乗り越え、四人の子宝にも恵まれ、孫にも恵まれ、、、
こっから先は、ばあちゃんと私の物語。
子供の頃から、学校の休みの度に行くところと言えば、じいちゃんばあちゃんち。
ばあちゃんが焼いてくれる卵焼きが、ほんのり甘くて大好きだった。
悪さをしては、母を怒らせていたが、ばあちゃんは「そんなに怒らなくっていいじゃないか!」と庇ってくれるもんだから、私はすっかりばあちゃん子。
ばあちゃんちから帰る日は、悲しくてしくしく泣いていた。
父親が転勤族だったので、各地を転々としていたが、中学一年の時に東京転勤になったのを機に、ばあちゃんちで暮らすことになる。
中1と言えば、反抗期、おまけに転校でナーバスになっている私を、「人生は苦娑婆だ、何くそ、負けるかの心で乗り越えなきゃダメだ」と、吐き捨てるようによく言われた。
そっか、元が苦しいものなのか、と妙に納得して、救われたりしてた。
寒い冬の夜には毎日湯たんぽを布団の中に入れておいてくれたっけ。
上履きを忘れた時に、自転車で届けてくれたこともあった。
演歌が大好きで、いつも歌ってた。
人と賑やかに話すのが大好きで、屈託のない明るさで、歯切れが良くて、江戸生まれじゃないのに、江戸っ子みたいなばあちゃん。
実家出てからも、何くれとなく心配してくれて。
スタジオの周年祭にも来てくれたな…
「千鶴は、こうして見るとメキシコ人みたいだね~」と、トンチンカンなこと言って笑わせてくれたっけ。
まだまだ、たくさん、、、
ばあちゃん。
たくさんの愛をありがとう。
長い人生の旅路、お疲れ様でした。
ばあちゃんの堂々とした生き方に恥じないよう、私もがんばるから。
皆と空から見守ってて下さい…


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